京都マラソンを走ってきました。走り終えた瞬間は感じたことは、この1日の空気感でした。
目次
- 1 正直に言うと、今回の準備はかなり雑でした。
- 2 手元の時計は止まったまま。ほぼ感覚で走ることに!
- 3 「今日は、体の感覚だけでいこう」
- 4 今回はジョグペースを守り続けることだけを意識して
- 5 練習は嘘をつきません!!
- 6 実は、準備不足で大会に出るのは今回が初めてではありません。
- 7 でも最近は、目先の結果よりも、「どこに向かっているのか」を考えることが増えました。
- 8 ゴールは通過点。その先に何を見ているのか。
- 9 そしてもう一つ。
- 10 改めて、地域が繋がることの素晴らしさに気づける42,195km
- 11 まずは当院がある地域が繋がれるように今後もよろしくお願いします!
- 12 そして今年、もう一つ挑戦があります。
正直に言うと、今回の準備はかなり雑でした。
走り込みも十分とは言えず、当日の朝は軽くストレッチをしただけ。
いつも使っているApple Watchも持っていませんでした。
(※充電ができない状況と買い換えることにしていなくて。。。)で、
『まぁ簡易的なスマートウッチでもいけるかな?』
と安易な考えでスタート。途中で充電切れに気づくというオチです。
またスマホでの計測もせずにそのままスタート!w(スマホ計測での充電消耗で家族と連絡を取れなくなるのを避けた結果)
ですが子供のGPSを持たされてリアルでの動きは確認できていたので位置確認はいつもよりリアルに。。。でしたが。
いつも沿道でゴールで家族が応援してくれているのはいつも涙が出そうになっているのはここだけの話です。笑
手元の時計は止まったまま。ほぼ感覚で走ることに!
最初は少し不安でした。
でも途中で開き直りました。自分のペースもタイムもわからないまま進んできました!
「今日は、体の感覚だけでいこう」
それからは不思議と楽でした。また日々治療をしている中で体の使い方なども意識をしていますし、患者さんにも伝えています。走りながら体の使い方をあれやこれやと楽しみながらもひたすら進んでいくことに。呼吸や足の動きなどを確認しながら。
数字を気にしていない分、自分の体とより向き合いながらのマラソン。
これまではラップを気にしながら関門の制限時間を気にしながらの、少し上げては落とす、また上げる。その波が後半の負担になっていた気もします。
今回はジョグペースを守り続けることだけを意識して
無理はしない。止まらない。
結果的に、予定より少し速かったようです。
時間を追わない方が、体は勝手に最適なリズムを見つける。
そんな感覚がありました。
『これゴールできるんちゃう?』
練習は嘘をつきません!!
毎年毎年ながら練習不足はいつものとこですが、今年はさらに練習不足と年末年始の暴飲暴食での体重アップ。治療をメインとして仕事をしている人としては最悪な状態でした。
途中、歩く場面もありました。
足は正直かなりきつかった。
でも不思議と「もうやめたい」ではなく、
「もう少し走ろう」と思えた。
今回が、今までで何回かマラソンへ出場していますが、一番楽しかったかもしれません。
実は、準備不足で大会に出るのは今回が初めてではありません。
むしろ、いつもどこか甘い。
それでも今回、感じ方がまるで違いました。
何が違ったのかと考えると、
自分の“見ている先”が変わっていたのかもしれません。
以前は、タイムやペースが気になっていました。
数字に少し振り回されていた部分もあったと思います。
でも最近は、目先の結果よりも、
「どこに向かっているのか」を考えることが増えました。
自分の仕事でも『今どこに向かっているのか?』と考える回数も増えて、走ることの意味も少し変わってきたのかと感じました。
ただ、出場するために始めたマラソン。
マラソンをしている患者さんが増えてきたので続けていたマラソン。
とりあえず出場してゴールだけしたら満足なマラソン。
どれも自己満足のみのマラソンだったのかと感じています。
ゴールは通過点。
その先に何を見ているのか。
今回のマラソンは、
そんなことを静かに確認する時間でもありました。
でも、この楽しさは一人で作ったものではありません。
沿道の声援。
寒い中、笑顔で給水を渡してくれるボランティアの方々。沿道の人の誘導で立っている人の中に見覚えがある人もちらほらあり、『頑張って〜!』と声援をくれた患者さんの声
その瞬間はどんだけしんどくても、『頑張ります!』と元気よく返事をする自分もいました。
その瞬間、少し背筋が伸びました。
「この人たちがいる中で、気持ちで負けてゴールできないのはあかんな」
自然とそう思いました。
この大会は、走る人だけのものではない。
応援する人。
支える人。
この街で暮らしている人。
みんなが同じ時間を共有している。
京都マラソンは
地域が一つになる瞬間なんやなと
走りながら感じていました。
そしてもう一つ。
挑戦できるのは
支えてくれる人がいるからです。
マラソンは休日。院は閉まっています。
それでも、日々現場を守り、一緒に院をつくってくれているスタッフがいる。
自分がこうして挑戦できるのは、普段から支えてくれている仲間がいるからだと、改めて思いました。
そして、家では日常を守ってくれている家族がいる。
ゴール付近で見慣れた笑顔が見えたとき、正直、少し込み上げるものがありました。
たいした準備もしていないくせに、です。笑
改めて、地域が繋がることの素晴らしさに気づける42,195km
出場する意味は、速さでも順位でもない。
完璧な準備ができているかどうかでもない。
地域の中に飛び込み、
同じ時間を生き、
同じゴールを目指すこと。
「そこにいること」に意味がある。
(※ここは自己満足ですが。。。)
京都マラソンは、地域が一つになれる時間なのかもしれません。これは京都マラソンだけではなく、すべてのことで重要なことなんではと感じています。地域の繋がりが少なくなってきている中で凄く考えていく必要がある課題だと思っております。
まずは当院がある地域が繋がれるように今後もよろしくお願いします!
私たちの仕事は『手当』を通じて患者さん・患者さんに関わる家族の方・地域の方へ社会貢献をしていくことが使命だと思っております。これからもスタッフ一同、日々精進し、楽しみながら仕事をさせていただきます!
そして今年、もう一つ挑戦があります。
5月に父とともに亀岡のデュアスロンに出場します。
来年の大会につながる一戦でもありますが、
正直なところ、それ以上に意味があります。
僕がマラソンを始めた理由の一つは、
父と何か一緒にしたいと思ったことでした。
長く走り続け、60歳を過ぎてからも新しい競技に挑戦し続ける父。
その背中は、今も変わらず大きい。
来年で一区切りと聞いたとき、
「ならば一緒に立とう」と自然に思いました。
追いかける背中があること。
そしていつか、自分も誰かに背中を見せられる存在であること。
今回のマラソンは、その確認でした。
次は、父と並んでスタートラインに立ちます。
そこでもまた、自分の在り方を確かめたいと思います。